実行委員会紹介

加藤清正公生誕450年・没後400年記念事業実行委員会の主な世話人紹介及び座談会

 加藤清正公の生誕450年、没後400年を機に、清正公の偉業を顕彰し遺徳を広く伝えようと、地元有志が中心となり「加藤清正公生誕450年・没後400年記念事業」が展開される。プレの年の今年から三年間、清正公とゆかりのある韓国の関連都市とも連携した多彩な催しを計画している。それに先駆けて一月十三日、熊本ホテルキャッスルで、開幕となる記念座談会が開催された。

【清正公への思い】
荒木 プレの年の今年からさまざまな形で事業にかかわられる方々に、清正公への思い、記念事業への思いなどを伺いたいと思います。

湯田 清正公は「熊本」の名付け親です。熊本城築城時に、地名を「隈本」から「熊本」にされました。「九州の中央に位置する雄藩としてふさわしい名に」という思いで清正公は、「大いに」を表すこざとへんに、「おそれる」と書く「隈」を、動物の「熊」に改められました。熊は古語で「クム」といいますが、「神」という意味です。アイヌの人々も熊を神聖なものとしてあがめていますね。その名付け親の生誕450年、没後400年という、記念すべき年を迎えるわけです。清正公なくして肥後の歴史は考えられません。
清正公は、財を残さず徳を残された方です。徳を残されたからこそ、お祝いや供養をしようという動きが起こったのだと思います。

荒木 昨年は、山形県鶴岡市から加藤清正公・忠広公遺蹟顕彰会の方々が来熊されましたね。

出田 鶴岡市にあった丸岡城は、加藤家の改易後、忠広公が配流された地です。徳川家の勢力争いに巻き込まれたという説がありますが、謀反の罪に問われ、庄内藩に、一万石を与えられてのお預けとなりました。その山形から昨年、忠広公の座像を、復元された本丸御殿にひととき座らせようと、持参されたわけです。改易は清正公が亡くなられて二十一年後のことです。清正公は、武では勇猛な名将、文では孔子などの思想を実践した人だったと思います。そういう家が改易にあった。その悲劇、人間のはかない運命に対する同情や共感が、今も山形の人々にもあるのだと感じられました。加えて、山形の顕彰会の方々が皆さん、とても素朴で謙虚な表情でイキイキと輝いているのが印象的でしたね。

【現在に残る業績】
荒木 イキイキとした姿では、昨年、菊陽町で開催の「加藤清正公鼻ぐり井手築造400年祭」での地元の皆さんもそうでしたね。

後藤 菊陽町は、非常に清正公の恩恵を受けているところです。馬場楠井手にようる水田かんがい面積は、今も百八十一ヘクタール余りもあります。用水路の途中には、厚い岩盤を掘削して水流穴空きの隔壁を一定間隔で設けた、「鼻ぐり井手」と呼ばれるところがあります。これで土砂のたい積を見ない現役の農業土木遺産です。昨年のイベントには、おかげさまで、県内外から約三千人も集まっていただきました。今度は趣向を変えた取り組みを計画中です。また、屋久島の杉の苗を植えたとされる、旧豊後街道の杉並木も菊陽町の宝です。清正公が残された遺産を、町の観光資源として、今後も大切にしていきます。

寿咲 私も清正公大好き人間です。清正公のことが知りたくて、生誕の地・名古屋、琵琶湖のほとりの長浜城、大阪、京都、東京、それから、忠広公が流された山形、姫様が嫁いだ和歌山にも行きました。清正公は、調べるほど本当にすばらしい方だったということが分かり、語り芝居のCDやCD付きの冊子も出しました。

荒木 寿咲さんはラジオのパーソナリティーとして語り芝居を続けておられますが、昨年これまでの活動を評価され、「小さな親切運動・内閣官房長官賞」を受賞されました。県内の清正公ゆかりの地を巡る語り芝居を計画されていますが、どのようなものですか。

寿咲 ツアー形式の語り芝居です。「熊本城めぐり編」「一新横手めぐり編」「天草めぐり編」「川尻満月の川くだり編」を用意しています。各所で清正公の人となりや、奥方のことなど、女性目線からの物語を、参加者の方々と交流しながら紹介します。

【日韓交流の軸に】
高本 私は日韓親善協会の専務理事をやらせていただいておりますが、清正公と韓国ということになりますと、決して耳に心地よいことばかりではありません。文禄・慶長の役で韓国は、豊臣秀吉の野望の犠牲になりました。また、第二次世界大戦後の反日教育によって、日本に対するわだかまりや誤解が残っているのも事実です。もっとも最近では、熊本城には韓国からたくさんの観光客が訪れる時代になりました。とはいえ、まだまだ熊本のことは、韓国ではあまり知られていませんので、これからも、お互いの理解を深めるための活動と、相互理解の上に立った交流を図ります。

荒木 一昨年、蔚山市(ウルサン)の市長が熊本市に来訪されました。熊本城で日韓コンサートを開催し、幸山政史熊本市長と握手をされました。現在は外交通商相になられた当時の柳明桓(ユ・ミョンファン)駐日大使も同席されました。この握手を韓国最大の新聞「朝鮮日報」は“400年の怨念が消えた”と報じています。

湯田 私は、加藤神社に祟敬会と加藤清正公・忠広公顕彰会とタイアップした形で、四月に四日間、韓国に行きます。釜山(プサン)、蔚山、清州(チョンジュ)をはじめ、清正公ゆかりの地を回って、最後はソウルを訪問します。現地の方々と直接かかわり合いながら清正公に対する思いを伝えたいと思います。清正公の言葉「後の世の為」を思い、この機会に確たるものを残しておきたいと思います。

荒木 清正公の遺徳、その心意気を広めましょう。清正公への思いを官民一体の県民運動にまで広げ、熊本をアジアの国々からたくさんの観光客が訪れるまちになるよう、力を合わせましょう。大河ドラマの題材にでもなれば、さらに観光客が増え、活気ある熊本になると思います。

熊本日日新聞 平成21年2月5日掲載

ページの先頭へ戻る